セミは春秋を知らず

「セミは春秋を知らず」 セミは、地上に現れると夏の間の1週間ほどで

その命を終えます。その前の春や後に訪れる秋を知らないと言う意味です

が、人間をセミにたとえての教えだそうです。

人間も現世の今の事しか見えず、勝ち組、負け組という言葉があるように

持っては行けない海に浮かぶ板切れのお金や名誉を手に入れる事に一生懸

命です。人との出会いにも必ず別れが訪れますし、お金や名誉も続かない、

必ず手放さなければいけないもの。

夢の中 集めた宝みな置いて 業を背負いて一人でて行く・・

ホテルのチェックアウトのように手に入れた宝はみな置いていかなければ

いけませんが、自分の阿頼耶識の中に詰め込んだ業は全て持っていかなけ

ればいけません。宝を集めるためにやった行いや想いが詰まっています。

人は生まれた時のスタートラインから不平等。裕福な家庭に生まれる人も

いれば争いが絶えない貧しい国に生まれる人もあり、人生はなぜ?と思う

理不尽な事ばかり。でも過去世、現世、未来世と三世をまたいでみると、

ちゃんとつじつまが合うようになっているそうですよ。

過去世の行い、業によって生まれ方も違ってくる。物事には全て原因と

結果があり、全ては自業自得。三世因果の道理であり、阿頼耶識は悠久

の過去世から永遠の未来世に続いていく・・と言う事をお釈迦さまは教

えておられます。生まれかわりを繰り返しながら六道という苦しみの世

界を永遠に回っている。

「有難い」と言う言葉はあるのが難しい、人間界に生まれるのが難しい

というところからきているそうですが、人間だけが煩悩のかたまりのま

まこの苦しみのサイクルから抜け出すチャンスがあるそうです。

日々自分の阿頼耶識に蓄積されていく想いを意識しながら生きていくこ

とが大切ですね。お釈迦さまの世界観、運命観、自分の心が変われば物

事の見え方も違ってきます。